かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

さよなら、素晴らしき現代!(掌編)

『これは世界の映画史に新たに名を刻むことになる不朽のマスターピースである。人種、性別、宗教、その他センシティブな問題を乗り越えた本作品は映画界に留まらず、今後の人間社会全体への指針を示す。ラストカットの球体が示唆する人類の恒久平和が実現する日もそう遠くは無いだろう』、云々、云々、云々。

 

屑で大学生で夏だった。サークルにも入り損ねて実家にも帰り損ねたおれはアパートでひとり腐っていた。

三日に一度外に出る。菓子パン十個とコンビニ弁当いくつかを買い込んで、家に籠る。食糧が無くなれば外に出て、仕送りで買い物し、また籠る。

今朝も三日ぶりに外に出て、上下ともにジャージ姿、コンビニ帰り、まだ早朝だってのに暑いったら無え!なんて悪態つきながらアパートに戻り、ふと玄関のポストを見ると、ジャンクメールの絨毯のうえに一層目を引くジャンクが落ちている。

つと目を通したところ、どうやら映画の広告で、どこの馬の骨とも知れぬ評論家の文章が載っている。えらく褒めているものだからなんだかやけに気になって、おれは別に映画が好きではないが、そこまで言うんなら観に行ってやろうと思う。

 

朝一番だった。平日なのも相まって映画館はガラガラで、そんな中おれは例の映画のチケットを買う。マスターピースだの何だのと言う割に、朝に一回の上映しかなく、おれはすこし不安になる。そうしてこういう不安は大概当たる。

こんな映画だった。草原の上で色々な人種、年齢、性別の人間が笑いながら円になって座っている。するとそこにユニバーサルデザインのやさしい隕石が降ってくる。草原に座っていた連中は満面の笑みで死んでゆく。隕石から宇宙人が降りてきて、ユニバーサルデザインの巨大ミキサーに死者を次々入れてゆき、スイッチを入れ、まとめて挽肉にする。その挽肉で円形のハンバーグを作り、ラストカットは出来上がったハンバーグを上から撮る映像に、万雷の拍手が挿入され、徐々に暗転、エンドロール。終了。

 

おれはおれの仕送りのなかの貴重な千五百円が数分間のまったくサイコな映像に変わったことに納得がいかず、いや、納得がいかないなんてもんじゃない、激怒して、映画のチケット売り場に怒鳴り込んだ。おれの金を返せ。

すると受付嬢はほんとうに済まなそうな声で謝り、曰く、申し訳ありませんが返金は出来かねます、こればかりは規則でして、でも、私もあの映画を前評判だけで期待して観て、あれはあんまりですよね、ほんとうに、いや、もう、とにかく、返金は出来かねるのですが、こちらとしても、いやその、こちらというのは当館のことですが、当館としても、あんな映画をお見せした手前、ただでお客様をお帰しするわけにはいかないので、これから三週間、当館では古今東西の映画を再上映するイベントを開催するのですが、先ほどお客様がご覧になった映画の半券をお持ちの方に限り、期間内の再上映イベントの入場を無料に致します、ということになっておりまして、そちらのほうでは"ほんとうの"マスターピースが多数上映されますので、どうか懲りずに、云々、云々。

 

次の日から三週間、おれは映画館に日がな入り浸った。(なぜならタダで名画が観られるというのだものな。)戦艦ポチョムキンに始まり、サイコ、怪物團、自転車泥棒カサブランカローマの休日、卒業、タクシードライバー、云々、挙げればきりがないが、とにかく、(古典)映画を浴びるように観た。古今東西のマスターピースを集めただけあり、どれもこれもそれなりに見どころが有った、或いはとても面白かった。

瞬く間に三週間が経ち、遂に最後の日になった。その日のラインナップは博士の異常な愛情カッコーの巣の上で真夜中のカーボーイ、そして例の、おれが最初に観た映画だった。

最後の最後でこの映画をぶち込んでくるのには何か意図があるのだろう、あるいは古今東西のマスターピースを一通り踏まえた今ならばこの映画の魅力がわかるやもしれぬ、そう自らに言い聞かせ、草原で微笑む連中を目にした瞬間思わず席を立とうとしたおれの本能を、なんとか思いとどまらせた。

そうしておれは不朽のマスターピースとやらをもう一度観た。人種年齢性別宗教、まんべんなく網羅した集団が草原で優しい隕石によって死に、ユニバーサルデザインのミキサーで挽肉にされる。あらゆる人間が平等に混ざった挽肉は、平和を示唆するまん丸のハンバーグに焼き上がる。万雷の拍手。完。

 

おれは席を立ち、現代の映画、『人間社会全体への指針を示す』『不朽のマスターピース』とやらに背を向ける。その足でレンタルビデオ屋に寄って、時計仕掛けのオレンジを借りる。