かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

日々の澱(随筆)

風光明媚に惹かれて入った大学に所属してはや五年目になるが未だにその構内をのんびり散策したことすら無かった。大学構内の散歩はかねてより私の望むところのものではあったが、まァそんなことはいつでも出来るサ、なんて懈怠がうそぶいて、いつまでも引き延ばし引き延ばし誤魔化してきたものだから、或いはこのまま、その見目好い景色を堪能し尽くすことなしに業を卒える(もしくは中退して大学を去る)ことになるやも知れなかった。だから実際にそうなる前に、私は大学構内を散歩しなければならなかった、それもなるべく早いうちに。

なので私はそうした。今日そうした。やるべきことすべて放擲して大学へと向かった。遠路はるばる入学した大学の景色を愉しみもせずに大学を去る愚かさに比べれば、卒業論文のための勉強もエントリーシートも些末なものだ。

要するに、卒業を一年留年のために遅らせた人間が、遅ればせながら始めた就活を一時放擲し、遅ればせながら大学構内へと今日、散歩をしに行った。

 

十三条門から大学に入ると、色づきもせず茂ってもいないイチョウ並木が私を迎えた。散歩にはいくぶん時期が悪かったようだ、青葉繁る初夏でもなければ樹々が色づく秋でも無い、長い冬がようやく終わりつつある時分だった。そこここにまだ雪の小山が忘れられたように残っていた。私のような大学生、あるいは大学関係者の姿こそあれ、観光客らしい人々の姿は見られなかった。

例年の秋、イチョウが色づくころには、それこそこのイチョウ並木めあてに観光客が大挙して押し寄せたものだ。黄に色づいたイチョウの樹々が長々と続く一本道はたしかに壮観で、観光客はあるいは嘆息し、あるいは写真を撮り散らかし、ずいぶんと呑気に、楽しそうにしていた。私は観光客でなく大学生だったから、講義に向かわなくてはいけなくて、しかしそんな時分に観光客は邪魔でしかなかった。黄に敷き詰められた道の上に、我が物顔で立ち止まり、また不意に歩き出す、たくさんの観光客の隙間を、縫うようにして講義に向かった。私にとってイチョウ並木は、その美しさではなしに、視野狭窄な観光客の集団と銀杏の臭いとして記憶に残るものであった。(しかし、もし私も彼らと同じ、つまり観光客として訪れる立場だったら、彼らと同じように振る舞っていただろう。つまり、嘆息し、立ち止まり、写真を撮り、不意に歩き出し、また立ち止まり、……そうして、『こんなイチョウ並木を毎日目にするこの大学の学生は幸せだなぁ』だとか思ったりするのだろう。自分たち観光客が、その当の大学生の邪魔をしていることにも気づかずに!)

 

イチョウ並木が終わるとそこは丁字路で、右に曲がれば教養棟へと続く道、左へ曲がれば我が文学部のある文系棟やクラーク会館へと続く道である。文系棟にはなんとなく近づきたくは無かったから、右に歩を進めることにした。

そういえばこの辺り、つまり丁字路の交点の近くの空き地のようになっている箇所では、初夏の時分から、サークルの集まりか何かだろうか、ジンギスカンをやっている集団をよく見かけた。旨そうな匂いをさせながら楽しそうにジンギスカンに興じている集団の傍らを、私は眼を伏せ足早に通り過ぎる。そんなことも度々だった。私がそこに、ジンギスカンをやる側の人間としてその空き地に立つことはついぞ無かった。

 

教養棟のほうへ向かって歩いていると、向かいからどこかのサークルの勧誘員が歩いてきて、私の前を歩いていた女にチラシを渡した。今や大学五年生の私は、もし新入生に間違われてチラシを渡されたらどうしようか、だなんて心配をしたが、杞憂に終わった。私は新入生には見えないようだ。顔が老けたからだろうか。歩き方が諦観に満ちているからだろうか。目が濁りきってしまったためだろうか。傍目にも分かるほどに私は、大学生活の数年で、歳を取ったのだろうか。

散歩なんて気晴らしで、景色を愉しむために出たはずの散歩なのに、さっきからずっと、妙に余計なことばかり考えていた。その余計な考えは、教養棟への長い直線の退屈さのためにずっと続いた。

何かサークルに入っておけば良かったと、今さらながら思っていた。もう取り返しがつかないのだけど、たとえば講義を受けたあと、下宿以外にもひとつ居場所が、たとえばサークルの部室があって、気が向いたときに顔を出し、そこに誰か知己が居れば、それはとても心地よいことだろうと思う。私が大学生活をつうじて苛まれつづけてきた孤独が、どんなにか和らいだことだろう。サークルに入らなかった私の、すべて憶測に過ぎないから、サークルのじっさいの価値なんてわからないけど、今の私は、人との関わりがあまりに恋しくて仕方がない。それならなぜ、まだ若かったころにサークルに入らなかったの、と聞かれるかも知れないが、あの頃はほんとうに、今よりももっと他人が怖かった。人との関わりへの恋しさ以上に他人への恐怖があった。そんな他人への恐怖は孤独のために麻痺してしまって、今ではもう、人恋しさばかりが残っている。サークルに入っていれば良かったと思う。しかしもう、何もかも手遅れだ。

あるいはサークルでなくても良かったはずだ。教養棟での勉強を終え、二年生になったときにでも、すっと研究室に馴染みでもしていれば、それも私の孤独を救っただろう。有能な同期と接することで、勉強も頑張れたはずだ。当時もまだ人が怖くて、そうしてこれも手遅れになった。

なにかバイトに打ち込んでみるのも良かったかもしれない。バイト先での人間関係を築くのも、稼いだバイト代で好きなように旅行したり美味しいものを食べたりするのも、この淋しさを紛らわすには充分だっただろう。それもしなかった。

私は人が怖く、私は怠惰だった。そのせいで、大学生活そのものをおじゃんにしてしまった。ほとんど何も残らなかった。勉強もろくにはしなかった。なにもせず、ときおり思いついたかのように図書館に赴き、わずかな冊数の本を読んだり映画を観たりした。ほんとうにそれきりだ。

 

 

教養棟を目にして、ふいに私は悟った。大学の構内をぼんやりと散歩するには、ここにはあまりに私の日々の澱が積りすぎている。イチョウ並木も、丁字路の空き地も、サークルの勧誘員も、ほぼ足を踏み入れなかったサークル会館へと続く道も、北部図書館も、目に映るもの何もかもが、私の大学生活の虚しさをあからさまに惹起する。私が俯いて歩いた日々、私が人々を呪った日々、私のむなしい日々などが、澱となってそこいらじゅうに偏在しているこの大学では、私はもう、散歩はおろか、心を休めることなんて叶いはしない。

入学前はあれほど憧れていたはずの、風光明媚な大学が、今の私には呪わしいものでしかない。