かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

春、蝶(掌編)

「サクラモドキ、っていう蝶の一種が居るんです」

っていうと彼は、きゅうにしゃがみ込んで、桜の花びらが雪のように積もっているはきだめをすくい取って、片手にいっぱいの花びら、を、ふうっ、と吹くと、ひらひらと舞い落ちる花びらが、桜の樹から舞い散る花びらと混合して、まるでいちど地面に落ちたことなんて重要なことではないかのように、ひらひらと舞い落ち、るその花びらのうちのひとつ、ひらひら、と、だけれど、ひらひらとはためきながら、一向に落ちてゆかずに、空中にとどまる花びらの一対、をゆびさして彼は、

「これが、サクラモドキなのです、サクラの花びらに擬態した蝶の、この蝶が春の、桜吹雪に混じって飛び交っている。だけれど、そうして、桜吹雪にいっそう花を添えていると思えば、なんてうつくしい、そう思いませんか?」

そう言って、彼は立ち止まり、たよりなげに飛ぶサクラモドキ、をじっと見つめる。

 

彼の言葉を想起する私は、しかしこの春、去年は彼と歩いた桜並木のこの道を、ひとりきりで歩いていて、今年も桜が散るこの時期の、しんしんと桜が降りしきるこの道の、真ん中で、ふわふわひらひらと、まるで未練かなにかのように、必死に飛んでいるサクラモドキが、飛んでいて、あたしは、それ目がけ、パチリ!と手を打つ。広げると、サクラ、モドキの羽根一対と、その体液の、かすかにこびりついていて、私はそれを、スカートでぬぐう。