かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

2019-01-01から1年間の記事一覧

さよなら、素晴らしき現代!(掌編)

『これは世界の映画史に新たに名を刻むことになる不朽のマスターピースである。人種、性別、宗教、その他センシティブな問題を乗り越えた本作品は映画界に留まらず、今後の人間社会全体への指針を示す。ラストカットの球体が示唆する人類の恒久平和が実現す…

ぬっぺふほふの星(掌編)

なにやらぬらぬらとしたピンク色の肉塊が、肉塊、だがそれは生きているらしく、ゆっくりと蠢いたり、かと思うと自らの肉のはざまに小さな穴を開け、そこから奇妙な音を出す。歌っているのか或いはただ鳴いているのか、我々には知りようもないが、ずいぶんと…

果物売りの女(掌編)

もう久しく、まなじりが乾かない。 いつだって梅雨のような気分でいる。 くだものを売り歩く仕事をしている。梨やぶどうや、上からの指示があれば何だって売る。今日は桃をいくつか、訪問販売するつもりでいる。…あたしは要領が悪いから、くだものを売ること…

相似、或る自殺者(掌編)

* 小学校の四年生のころ、細長くて軽い鉄の棒を一本、持って帰ろうとしたことがある。 当時の友人(、当時は私にも友人が居た)と探検ごっこ、街の外れのちいさな廃工場へ、その片隅に転がっていた、みすぼらしいそれは、茶色く錆びてぼろぼろな、只の鉄の棒…

夢における文脈を小説化する試み(掌編)

「そう、明らかなことだが、ニューシネマパラダイスがあるならば、オールド・ソープオペラ・ナラカもあるはずさね。」 「はァ」 「それと同じようにおまえがもし世界の中心に居るとするならばおれはいつでも世界の外縁、アウトサイダーであるのだよ。わかる…

anarchy in the JK(掌編)

あの瞬間のあの接点を中心にして、同心円状に、ひと、都市、時間、もっと詳しく言うならば、おれの両手、が握りしめる包丁、が、女子高生の胸に深く突き刺さる、おれと女子高生の、唯一の、接点、を中心として、あの瞬間、世界は、広がっていた。包丁が太陽…

桜並木の終わりで(掌編)

「やあ、桜が咲いてらあ」 「あラ本当ね、こないだ見たときは未だ蕾だったのに」 「あア、綺麗だ…」 「ええ…」 「……しかし、早いもんだね、お前はもう、大学の、ええと、三回生か。そろそろ社会人の仲間入りさね、おれは大学に行っていないから知らないが、…

偽札つかい(掌編)

「いってしまえばあたしは、精巧な偽札をつくる、老獪な、海千山千の、そう、偽札つかいとでも言おうかしら。…たとえば、年月をその皺に刻んだ、風化しかけたおじいさんなの、あたしは。寡黙で、ちいさい、背中の曲がった、おじいさん。唐突に発狂して叫びな…

機械じかけのカナリア(掌編)

機械じかけのカナリアを飼っている。 ほんとうはあたしは猫を飼うつもりでいた。モラトリアムがおしまいになってもう一年が経ち、いい加減独り暮らしにも労働にも慣れてきて、さあ、そろそろ生活の空虚を埋めてみようか知らん、猫を飼おう、だなんて思いたち…

春、蝶(掌編)

「サクラモドキ、っていう蝶の一種が居るんです」 っていうと彼は、きゅうにしゃがみ込んで、桜の花びらが雪のように積もっているはきだめをすくい取って、片手にいっぱいの花びら、を、ふうっ、と吹くと、ひらひらと舞い落ちる花びらが、桜の樹から舞い散る…

終末の現代(掌編)

だらけきった、老人の皮膚の垂れ下がるシワの数々の、隙間に積もる埃ほどの価値もない、なにもかも荒みきった、それでいて上品であるかのように取り繕っている、この掃き溜めの世界で、あなたは静かに、まさに掃き溜めの鶴でした、静かに本を、ニコニコとし…

老人と桜の樹(掌編)

『M駅を降りて無人改札を抜け、右側にある獣道をおおよそ四十五分ほど歩けば、いつしか開けた野原が有って、その真ん中には見事な桜、子供が十人輪になったところで抱えきれないような太い幹、目に沁みるような花びらの鮮烈さ、今年で六十になる私だが、あれ…

裁きの部屋で(掌編)

机ひとつ、パイプ椅子ふたつ、卓上灯ひとつ、ガラス瓶ひとつ、それと男がふたり、それ以外には何もない、がらんどうの薄暗い部屋である。部屋の中心にはちいさな机が置かれ、それをとおして向かい合って男二人がパイプ椅子に腰掛けている。男のひとりは背が…

夜半煢然として(随筆)

たとえばながいあいだ野菜を食べなかったときにはこんな気持ちになった。とても似通っているようだけれど、おなじではなく、なんなら野菜を摂ってみたところで治らないだろう。 あるいは欠乏の感覚なのかもしれない。しかし私を苛んでいるのは、満たしようの…

河鍋暁斎展を見に行ったよ!

吉田健一が何かで語っていたことだが、いや、語っていないかも知れない、まあどうだって良いのだけれど、要するに、酒を飲んで酔い心地になっているときには、優れた芸術品、たとえば焼き物の皿、絵画や、唄いなど、そういったもののうち、より優れたものを…

低級アレゴリー(掌編)

「なるほど、では、お前はつまり、いわゆる『神様』であるわけだ」 「ええ、ええ!先ほどからそうだと何遍も言っているでしょう!『おめでとうございます、あたしは酸素分子第1000番目の付喪神です!あなたの肺に吸い込まれたから、こうして姿をあらわしてい…

連れ出して!(掌編)

人、人、ひと!ほんの幼い子どもを金切り声で怒鳴り飛ばす母親、通路の途中で唐突に立ち止まる若者、申し訳程度に置かれたベンチに並んで座りその全員が淀んだ目で携帯を触っている家族づれ、コーヒーでも飲みながら腰を落ち着けようと思っても、どこの店に…

まちあわせ(掌編)

『夜七時、駅前の喫茶店で』。 葉書には、これだけが書かれていた。裏を見ても、差出人の名前どころか、私の住所すら書かれていなくて、とうぜん消印もない。 あなた宛ての郵便物が一杯になっている、と大家に警告されたものだから、仕方なしにポストへ郵便…

風前に塵を積む(掌編)

* きょうは精神科へ行ってきた。いつも通っている精神科で、あたしには不眠の気と抑うつ感があるからだ。そうして、抗うつ剤と睡眠薬を処方してもらって、それを飲み続けていて、けれども最近、睡眠薬を飲んでいても何だかとても寝つけないし、それに、毎晩…

独り言を拾う電話(掌編)

なんらかの、信念と見紛うような信条や、あるいは政治的思想だとか、わたしにはそういったものが無くて、そういう強い思想を持つ人を、と言うよりも、その思想を平気な顔で、もとい、むしろ自慢げにひけらかすような人が苦手で、ではお前には意志がないのか…

醜悪のむきだし(随筆)

むかしは、私は私自身が幸せになる空想をすることが頻繁だった。だけれど、私は生活に向き合うすべを、生活のなかで幸せを創り出すすべを知らないから、虚しいそれらの空想は、逃避行や心中、そういうことばかり、私は考えていた。 たとえば私は夏の或る日、…

宵の口(随筆)

友人の家でウィスキーを飲んで、下世話な話やしゃちほこばった文学の話をした日の帰り道、なんだか私はふわふわとして、それというのも、高いウィスキーや、久方ぶりの友人とのしっかりとしたコミュニケーション、そういったものがぜんぶ良いように作用して…

21st century addicted man(随筆)

そうなる迄に半年もかからなかった。死んだ魚の目でもて、取り憑かれたかのように、あわれ、ほぼ四六時中思考を、行動を囚われる。こないだ久方振りに実家に帰って、小学校の卒業アルバムを見返すと、未だ眼に光を灯して、自身の生活に見棄てられる直前の(、…

死化粧(掌編)

大学で、月曜四限のこの時間、宗教学をあたしはとっているのだけれど、いつも教室の隅っこのほう、おんなじ席にひとりきりで座っている、ある男の子が、あたしには気になってしかたがないのだ。……誤解のないように言っておくと、これは貴女がたが或いは想像…

感情と不条理(掌編)

毎授業ごと、まずはじめに私のことを指名してくる先生が居たんです。日直が、起立、礼、着席、っていうふうに号令をかけて、すると先生は、じゃあ教科書の73ページを開いてくれ、この3行目から、山梨、お前読んでみろ、っていうふうに、いつも変わりばえし…

即席めん及び成人式について(随筆)

びっくりするほどに美味しくないカップラーメンだった。食べれば食べるほど美味しくなくて、これでは輪ゴムを調理したほうが、まだ食べるに値するんじゃないか。冗談で言っているんじゃない、私は本気でそう思った。……まあ、輪ゴムを調理したほうが食べるに…

ただぼんやりとした不安(随筆)

人生は旅にたとえられることが多い。だが、私はこの喩えを嫌悪する。こんな凡庸な、牛乳を拭いたぼろ雑巾みたいな臭いを放っている比喩を、もう充分に分別がついている筈の年齢の人間が使っているのをみると、たといそれが電車で隣に座っていた見ず知らずの…

ゆきどまりの町(短編)

どこまでも格子状の道路が張り巡らされている国だった。道路と道路の幅はぴったり50メートルで、そんな道路が南北に並行に、無数に引かれており、それらと直角に、東西にも無数の道路が、ぴったり50メートルおきに引かれていた。要するに、延々と続く方眼用…

ポストモダン的孤独(掌編)

「いいかい君、これは、ぼくがぼくの経験から発見したことなのだけれど、幸福な人間を鈍い人間であると仮定するならば、不幸な人間は不幸によって鈍くなってしまった人間であり、いつ迄も感性の鋭い人間は、かれ自身、彼女自身で不幸であると思い込みつつも…