かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

2022-01-01から1年間の記事一覧

拝啓ファム・ファタル(下)

前半はこちら https://fog.hatenablog.jp/entry/2022/09/07/171459 * あなたはもう気がついているだろうか。私の視野は彼女に向けて急速に狭まりつつあった。きっとあなたは気がついているだろう。いま、これを読みながら、あなたは私の語りかたの変化に違…

拝啓ファム・ファタル(上)

私と彼女の逃避行およびその顛末について書いていこうと思う。あなたもきっと気に入ってくれるだろう。だが、なにぶん私は文章を書き慣れていないから、調子が出るまで読みづらいかもしれない。どうか我慢してほしい。実際私はどこから書き始めればよいのか…

ニートニンゲンの歌(日記)

*五月二十四日 今日から日記をつけはじめることにした。五月二十四日、中途半端な日で、日記をはじめるのに丁度いい日だと思う。これが月初めや年の初めだったりすると、鹿爪らしくてやりきれない。一月一日から四日間日記を続けるのと、五月二十四日から二…

高等遊民ごっこ(雑記)

何もしたくないから何もしない生活を送っている。学業も就職活動もアルバイトもしていない。それで何をしているのかといえば、本を読み散歩をして酒を飲み眠るだけの生活をしている。こんな生活は何もしていないに等しいから、畢竟私は何もしていない。(高等…

最後のお散歩の追想(随筆)

明日には出ていくこの街の、今日は最後の散歩をした。朝の十時ごろから始めて、一旦家に戻り、ふたたび十四時前まで歩いたから、大体三時間は歩いていた。 歩いた時間なんてどうでも良い。私が書き残したいのは散歩に伴う心象のほうだ。五年居たこの街を、大…

最後の退屈(随筆)

いま私が送る日々は擦り切れた反復から成っている。 一冊の本がある。どのページも同一の文字列から成っている。この本を読むなら最初のページに目を通すだけで充分だ、二ページ目以降は最初のページの引き写しに過ぎないのだから。わざわざ何度もページを捲…

この街の深夜が好きだという話(随筆)

訳あって五年ほど学生として札幌の街に暮らしている。『訳あって』なんてわざわざ断るまでもないが、要するに、私は五年間、大学生としてこの街に暮らしている。出来が悪いから四年で大学を卒業できなかった。そんな留年無能大学生の繰り言として聞いてほし…

ラノベ風ナンセンス(掌編)

オレは冴羽緑雨、16歳。どこにでも居る普通の男子高校生だ。 ……不安だからもう一度言っておこうか? オレは冴羽緑雨、16歳。どこにでも居る普通の男子高校生だ。 ……念のため確認しておくが、「オレ」が「どこにでも居る」わけじゃないからな。先程の発話はそ…

スケッチ

賃貸でタバコを吸っていると妙な具合に唾が分泌されるから、排水口に吐き出しながら吸っていると、あるとき失敗して、シンクの淵まで飛んでった。さみしくて、笑った。 灰皿にタバコを揉み消すと千々の火種が手持ち花火のように懐かしい。 外は月夜で三日月…

居酒屋の男と女(短編)

舞台背景を素描しなければならない。手短にやろう。 平日の夜の居酒屋。混み合っているが満員ではない。シラフで居ればうるさいが、酔いが回れば心地良く聞き流せる程度のざわめきである。酔っ払いばかりだが度を超えて騒ぐ輩は一人も居ない。不愉快な大学生…

包丁(掌編)

「しかしその、おれはキミドリのファーストアルバムを聴いてそれほど感銘を受けなかったわけだが、いやはっきり言って、はっきり言っても構わないね?いやそのつまり、君の感性を疑ったね。もっと音楽として構築すべき世界観というか、わかるだろう、もっと…