かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

ラノベ風ナンセンス(掌編)

オレは冴羽緑雨、16歳。どこにでも居る普通の男子高校生だ。

……不安だからもう一度言っておこうか?

オレは冴羽緑雨、16歳。どこにでも居る普通の男子高校生だ。

……念のため確認しておくが、「オレ」が「どこにでも居る」わけじゃないからな。先程の発話はそれを意味しない。先程の発話が意味するのは、「どこにでも居る」男子高校生のうちの一人が「オレ」である、ってことだぞ。わかるか?つまり世界中には「普通の男子高校生」がいくらでも居て、オレはそんな普通の男子高校生のうちの一人である、ってことだ。冴羽緑雨が何人もいるわけではないぞ?この冴羽緑雨があまねくどこにでも存在している、っていう意味ではない。もしおまえがそう思っているなら訂正したい。先程の発話はそれを意味しない。断じて違う。先程の発言でオレが企図していたところは、要するに、どこにでも居る男子高校生のうちの一人がこのオレ、冴羽緑雨ってことだ。理解できるか?「どこにでも居る」は「男子高校生」を修飾しているのであって、「オレ」を修飾しているわけじゃないからな。この説明で理解できるか?「どこにでも居る」は「男子高校生」を修飾していて、「オレ」という個人の属性のひとつが「男子高校生」で、……ああ、もう駄目だ。オレの言い方が悪かったんだな、最初からやり直そう。こういうふうにドツボにハマったときは長々しく説明するよりも、いっそ切り捨ててやり直してしまったほうが調子が出る。そういうものだ。オレの16年の人生のなかの数少ない学びのうちのひとつ。『駄目そうならさっさと見切りをつけるべし』。というわけで仕切り直しだ。

 

平凡な男子高校生はどこにでも居るわけだが、オレ、冴羽緑雨16歳もそんな男子高校生のうちの一人だった。(よし、これなら大丈夫だ。)『だった』と過去形で語るのには理由がある。まずはそこから話していこう。(よし、軌道に乗った。)

四日前のことだった。四日前にオレは風呂に入ろうとしていた。……いや、ちょっと待て、これじゃあまるでオレが普段は風呂に入らないみたいじゃないか。違うよ?違うんだよ。オレは毎晩風呂に入るよ、何も四日前にだけ風呂に入ろうとしたわけではない。あくまでいつも通り、いつもどおぉぉり風呂に入ろうとしたわけだ。四日前も。よろしいか?よろしいね?……それで、オレは四日前に風呂に入ろうとしていたんだ。風呂に入るにあたってオレはまず服を脱いだ。おまえがどうするかは知らないけどね。少なくともオレは風呂に入る前に服を脱ぐんだ。

そして結果的にオレが風呂に入ることはなかった。服を脱いでいる途中、そう、きついジーンズを脱ごうとしてジャンプしているときにうっかりバスマットで足を滑らせ、頭を打ってしまったんだ。死ぬかと思ったね。おまえもバスマットで足をすべらせてみるとわかると思うが、実際そんなヘマをやってみると、つまりバスマットで足を滑らせるようなことをやってみると、何かに頭がぶつかるまでのあいま、時間にスローモーションがかかるわけだ。ゆっくりと景色が傾いてって、ゆっくりと、アッまずい、って思いながら、景色が、傾いて、そこでおれは洗面所のカドに頭をぶつけて、……暗転。死ぬかと思ったね。

そんでオレは実際死んだわけなんだ。

オレは死んだ。

もう一回言おうか、オレは死んだ。

なんでそんなことがわかるのか?死んだ人間がどうしてこうやって物語っているのか?おまえはそう訊きたいんだろう。だがまあ、そう急かすなよ、ちゃあんと説明してやるからさ。

要するに、だ。オレは、なんと、異世界転生していたんだ!異世界転生といえば死後に神サマが転生させてくれるものだって相場が決まっているよな?と言うよりあのシチュエーションだったら死んで異世界転生したっていうふうに考えて当然だよな?だからオレは死んだんだ。わかるか?まあ死んだ死んでないは大事じゃないわけだ、そんなことに、そんな些事にかかずらっているのはおまえくらいのものだね。バーカ。おまえはバカだ。死んだ死んでないなんてどうでも良いじゃないか、バカめ。要するにオレ、冴羽緑雨16歳は、なんと異世界転生したわけだ!

オレは胸が躍ったね。異世界転生といえばだいたいアレだろう、オレは知ってるんだ、チートスキルで無双してモテモテハーレムムチムチパーティを結成するんだろう?いやあ素晴らしいね、チートスキルで無双してモテモテハーレムムチムチパーティ。男なら誰もが一度は憧れるようなそんな素晴らしい経験をする機会がこの冴羽緑雨16歳にも到来したわけだ。思わずニヤニヤしちまうね。

そんなことを考えながらオレが異世界の街並みのど真ん中でニヤニヤしていると、いつの間にかオレの周りを異世界のガーディアンが取り囲んでいるわけだな。警察かな?どうでも良いや。何しろ死んだときのままの格好で、つまりジーンズを足先に引っ掛けた実質パンツ一枚の格好をして、そのうえニヤニヤニヤニヤしているわけだからね、オレは。異世界であろうが何だろうが、そんな不審者の周りには警察なりガーディアンなりが集まるわけだ。よろしいか?よろしいね?それでオレはそのままガーディアンどもに連行されて、地下牢に閉じ込められたんだ。

オレ、冴羽緑雨16歳は、こんなとんでもない異世界スタートを切ることになったわけだ。何と地下牢スタートで、まあ良いさ、じき王女サマのもとに連行されて「アァ異世界転生の勇者サマ、アナタの協力が必要です、どうか我々を助けてください」って調子で話が進むんだろうな、って思いながら、地下牢に閉じ込められて、誰も居ない地下牢、オレはそろそろ腹が減ったからオーイご飯はまだですか、って声を出すんだが、誰も来ないどころか、監視すら居なくて、オイオイ良いのか脱獄しちゃうぞ?って思いながら、いや実際脱獄を試みたのだが、力も才覚も何ひとつありはしないから脱獄も出来ず、見回りのガーディアンすら一度も来やしなくて、アラこれは様子がおかしいぞ、って思いながらしばらく過ごし、物音ひとつしない地下牢でオレは一人きりで、まさか閉じ込めたままオレを殺すつもりなんじゃないか、って発想に至って、怖くなってひたすらに叫んだりしたのに、それでも誰も来なくて、叫び疲れて、枯れた喉でオレは、セメテ水ヲ下サイ……って呻くように声を絞り出し、もう何日経ったのかすらわからなくて、それでも誰ひとりオレのもとには来やしなくって、これはどうやら、もうどうにも、ならないようで、地下牢に閉じ込められたきり、オレ、冴羽緑雨16歳は、異世界の地下牢で餓死した。

オレはふたたび死んだわけだ。

オレはふたたび死んだ。

もう一度言おうか?オレはふたたび死んだ。そうして二度目の異世界転生は無かった。これきりオレの人生は終わった。