かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧

偽札つかい(掌編)

「いってしまえばあたしは、精巧な偽札をつくる、老獪な、海千山千の、そう、偽札つかいとでも言おうかしら。…たとえば、年月をその皺に刻んだ、風化しかけたおじいさんなの、あたしは。寡黙で、ちいさい、背中の曲がった、おじいさん。唐突に発狂して叫びな…

機械じかけのカナリア(掌編)

機械じかけのカナリアを飼っている。 ほんとうはあたしは猫を飼うつもりでいた。モラトリアムがおしまいになってもう一年が経ち、いい加減独り暮らしにも労働にも慣れてきて、さあ、そろそろ生活の空虚を埋めてみようか知らん、猫を飼おう、だなんて思いたち…

春、蝶(掌編)

「サクラモドキ、っていう蝶の一種が居るんです」 っていうと彼は、きゅうにしゃがみ込んで、桜の花びらが雪のように積もっているはきだめをすくい取って、片手にいっぱいの花びら、を、ふうっ、と吹くと、ひらひらと舞い落ちる花びらが、桜の樹から舞い散る…

終末の現代(掌編)

だらけきった、老人の皮膚の垂れ下がるシワの数々の、隙間に積もる埃ほどの価値もない、なにもかも荒みきった、それでいて上品であるかのように取り繕っている、この掃き溜めの世界で、あなたは静かに、まさに掃き溜めの鶴でした、静かに本を、ニコニコとし…

老人と桜の樹(掌編)

『M駅を降りて無人改札を抜け、右側にある獣道をおおよそ四十五分ほど歩けば、いつしか開けた野原が有って、その真ん中には見事な桜、子供が十人輪になったところで抱えきれないような太い幹、目に沁みるような花びらの鮮烈さ、今年で六十になる私だが、あれ…

裁きの部屋で(掌編)

机ひとつ、パイプ椅子ふたつ、卓上灯ひとつ、ガラス瓶ひとつ、それと男がふたり、それ以外には何もない、がらんどうの薄暗い部屋である。部屋の中心にはちいさな机が置かれ、それをとおして向かい合って男二人がパイプ椅子に腰掛けている。男のひとりは背が…