かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

低級アレゴリー(掌編)

「なるほど、では、お前はつまり、いわゆる『神様』であるわけだ」

 

「ええ、ええ!先ほどからそうだと何遍も言っているでしょう!『おめでとうございます、あたしは酸素分子第1000番目の付喪神です!あなたの肺に吸い込まれたから、こうして姿をあらわしているわけです、あなたは運が良いですね、何でもひとつ、願いを叶えて差し上げましょう!』……これをあなたに言うのは今ので十回目ですよ、いい加減あたしの存在を納得して、願いを仰って下さいよ!」

 

「わかった、わかったよ、お前が神であるのはとりあえず認めよう、納得はできないが……、では、どうしておれの願いを叶えてくれるんだ?」

 

「ああ…!あなたはほんとうに、ほんとうに厄介ね…!つまり、あたしはそういう存在なんです。ある人の肺に吸い込まれたら、そのひとの願いを叶える、そういう、超自然的な存在なんですよ…。要は交通事故みたいなもんですよ、幸福な交通事故です、わかりましたか!いや、わからなくても何でもいいから、とりあえず、あたしが今こうしてここに居て、願いを叶える存在であることを、納得しないで構わないから、とりあえず認めて、そうしてはやく、ひとつ、願いを言って、あたしを解放して……」

 

「なるほど、お前は神で、おれはラッキーで、お前はなにか願いをひとつ、叶えてくれるわけなのだね。」

 

「そうです!さあ願いを仰って!」

 

「でも、願いを叶えてもらうには及ばないよ」

 

「なぜ!」

 

「なぜっておれは、それなりに努力してここまでやってきたのだからね。中学受験をして、全国でもトップレベルの学校に入り、いまおれは高校二年生だけれど、学校のなかでも一等の成績を維持して、部活も彼女も、そんなものは要らないよ、大事なのは誰が最後に笑うのか、さ。そうして最後に笑うのはこのおれだ。何故ならおれは、努力し続けて、つねに将来のために、頑張りつづけているのだからね。その調子で良い大学を出て、一流企業に入り…、いや、どこまでも走りつづけるよ、脇目もふらずに!…だから、つまり、わかってくれるだろう、おれはお前に、わざわざ願いを叶えてもらう必要はないんだ」

 

「…しかし、ねぇあなた、あたしの立場を考えてくださいましね、願いを叶えないとあたしはどうにもならないんです!あっ、どうして笑うの、笑い事じゃないのよ、ほら!なにかひとつ願いを言って下さいよ!」

 

「ああ、ごめんよ、つい面白くて……。うん、そうさね、おれはおれ自身の努力でやっていけるが、しいて言うならば、結果に辿り着かせてくれないか?」

 

「結果?」

 

「そう、結果さ。おれは脇目もふらずに努力しているのだから、そうしてこれからもずっとそうやって努力していくのだから、なにもわざわざ、分かりきった努力をしていくこともないだろうよ。努力の行き着く果てを、その素晴らしいゴールに、おれをワープさせてくれないか?おれの言っていることが、わかるか?」

 

「つまり、…ええ、わかったわ。あなたはマラソンの果ての、その花園に、いますぐ辿りついてみたい。そういうことね?」

 

「お前は神なのに比喩が下手だな!まあ、おれの言っていることは伝わっているようなので、別に良いが…」

 

「でも、ほんとうにそれで良いのね?」

 

「良いに決まっているだろう!おれはその、おれが辿り着く結果の為に、努力しつづけているのだから…」

 

「わかった、わかったわ。じゃあ、…」

 

 

 

神はそう言うと、口の中で何か呪文を呟いた。すると、空からなにやらひとつの大きな直方体の石が隕石のように降ってきて、願いを告げた男を叩き潰した。周囲に血が飛び散った。見ると、それは立派な墓石だった。

神はやれやれと首を振り、呟いた。

「ええ、これが、あなたが望んだ、結果です…。ずいぶんと立派なお墓が立ちましたね」