かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

夢における文脈を小説化する試み(掌編)

「そう、明らかなことだが、ニューシネマパラダイスがあるならば、オールド・ソープオペラ・ナラカもあるはずさね。」

「はァ」

「それと同じようにおまえがもし世界の中心に居るとするならばおれはいつでも世界の外縁、アウトサイダーであるのだよ。わかるかい?」

「はァ…」

「おっと、…いやにエンジンの調子が悪くなってきたぞ、…おい!…ああ、ついに止まりやがった。こんな月明かりの道のさびしさ、誰も居やしない田舎道で…、おっと、あっちを見ろよ、車が淋しく止まってら!おれらのほかにも、ありゃあ、ガソリンが切れでもしたんかね?」

「はぁ…さいですかね」

「おいおい見ろよ、ドア開けて車から降りて、奴さんたち、こっちに来やがったよ、おれらも駄目だって言うのに、ほら、来るな、帰れ帰れ!ライトを上げたり下げたりしてやろう、ほら来るな!おい、来るなったら…」

 

男二人がやって来る。片方は歳食った英国紳士のような雰囲気の大男、もう片方は執事然とした太った小男である。『英国紳士』はすぐそばまで来ると、おれの車のガラスをコンコン、と叩き、おれは窓を開けてやる。会話が出来るように窓を開けてやると、そこからおれの車の中に夜が流れ込んできて、もはや車の中も外も同一になる。おれは、夜の端っこに置かれた革張りの椅子に腰掛け、どうにも無能力な機械に腹を立てながら、夜に包まれるのを感じる。

『英国紳士』が語り始める。

「おまいさん、失礼ながら、黄色いクレヨンを持っていやしないか?あったらくれよ、黄色いクレヨンは良いものだ、知っているか?だから、黄色いクレヨンを持っていたら、おれに、くれ」

私は返事する。「いまさっき私の車が壊れてしまったのです」

私の隣で気狂いが歌い出す。「四分三十三秒」

英国紳士は言う。「クレヨンは」

私は言う。「クレヨンは無いです」

英国紳士は怒り出す。「クレヨンを持っていないのか!お前は!クレヨンを!」

隣で気狂いは歌っている。「四分三十三秒」

私は気狂いを連れて車から降りる。英国紳士は私が車から降りるのを見ると声を和らげ、曰く、「おっと失礼お嬢さん、さあ、どうぞ…」と言い、それからもう誰も居ない車の中にくるりと向き直り、誰も居ない運転席に怒鳴っている。「黄色いクレヨンを出せ!…」

 

 

あたしと気狂いは林の中を歩いている。気狂いは未だ歌っている。「四分三十三秒」

 

…あたしは気狂いに言う。「おまえは、うるさいよ…」