かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

電気ちょうちょと自動カナブン(掌編)

帰りの会の、『先生のおはなし』の時間になると、先生はプリントを配りながら、ニコニコして言いはじめた。

「来月の図工の時間から、『機械じかけの生きものたち』の単元をはじめますよ。いま回しているプリントに書かれている、どちらの生きものをつくるか選んで、丸をつけて明日提出してくださいね。友達と相談するのも良いですけど、ちゃんと親御さんとも話しあって決めましょうね。」

教室のみんなはワッと盛り上がった。みんな、機械じかけの生きものを作るのをずっと楽しみにしていたからだ。回ってきたプリントを見てみると、二種類の機械じかけの生きもののカラー写真がのっていた。『自動カナブン』と『電気ちょうちょ』だ。自動カナブンは強そうで、電気ちょうちょはひらひらしていた。わたしはどっちも作れたら良いのにな、って思った。

帰りの会が終わると、わたしたちは仲のいい友だちみんなで集まった。(ほかの人たちもそれぞれ友だちどうしで集まって話していた。放課後の教室なのに、なんだかいつもよりにぎやかだった。)そうして、電気ちょうちょが可愛いから、みんなで電気ちょうちょにしようねって話しになった。わたしはプリントをもう一回見てみると、たしかに自動カナブンの強そうな感じよりも、電気ちょうちょのひらひらして可愛い感じのほうが良いなって思った。

帰り道も友だちと、電気ちょうちょの話をしながら帰った。電気ちょうちょをつくれるなんて、これからの図工が今からもう、待ち遠しかった。

 

家に帰ってただいまって言うと、おかあさんがわたしにお帰りって言ってくれた。おかあさんはわたしに、今日の学校はどうだったの、って聞いた。

「もうすぐ図工でね、機械じかけの生きものたちだからね、電気ちょうちょとか自動カナブンとかを作るの。それでプリントをもらってきたの。どっちにするか決めて、明日提出するんだって。」

「あら、おかあさんも小学生の頃、機械じかけの生きものを作ったのよ。」

わたしがおかあさんにプリントをわたすと、おかあさんはプリントを見ながらふふって笑って、昔となにも変わっていないのね、って言った。

「それで、あなたは自動カナブンと電気ちょうちょのどっちをつくるの?」

おかあさんはわたしにきいた。わたしはすぐに答えた。

「電気ちょうちょにする。」

「そう。電気ちょうちょが良いと思ったのね?」

「あのね、りさちゃんたちもみんな電気ちょうちょが良いねって言ってたの。それでね、みんなでいっしょにね、電気ちょうちょにしようってね、」

と、最後まで言い終わらないうちにわたしは口をつぐんだ。これまでウンウンとわたしのはなしをきいていたおかあさんが、きゅうに困ったような表情をしたからだ。

おかあさんは言った。

「あなたはあなたのお友だちが電気ちょうちょをえらぶから、そのお友だちといっしょになるように電気ちょうちょを選ぼうとしているの?」

「うん、でもね、みんなで話してからプリントを見て、そうしたら電気ちょうちょは可愛いって思ったの。」

「そう。……でもそれは、ほんとうにあなたの気持ちなのかしら?みんなが電気ちょうちょにするって言って、それでみんなが電気ちょうちょが可愛いって言ったから、あなたもそれに引っ張られて、電気ちょうちょが良い、って勘違いしただけかもしれないでしょう。違うかしら?」

わたしはぽかんとして、おかあさんのことを見ていた。おかあさんが何を言いたいのかよくわからなかった。おかあさんは続けて言った。

「ほら、もう一回このプリントの写真をよく見て。電気ちょうちょは可愛いわね、たしかに。でも、自動カナブンをよく見てみれば、自動カナブンも格好良くて、作ってみたいと思わない?」

わたしはもういちどプリントを見てみた。自動カナブンは強そうで、おかあさんのいうとおり、『格好良い』な、って思った。わたしは言った。

「うん、自動カナブンは格好良い。やっぱりわたし、自動カナブンをつくることにしようかな。」

「そう?でもそれは、おかあさんがそう言ったから、それに引っ張られて、あなたもそうしようと思ったんじゃないかしら。違う?」

「うーん、わかんない。」

わたしがそう言うと、おかあさんはますます困ったような顔をした。わたしもおかあさんの言いたいことがわからなくて困っていたけれど、でもわたしは、大好きなおかあさんを困らせてしまうことのほうが、もっといやだった。

おかあさんは言った。

「ねえ、あのね、わたしは、あなたが思ったとおりに選んでほしいと思っているのよ。わたしはあなたが、電気ちょうちょをえらんでも自動カナブンをえらんでも、どちらでも良いと思っているの。でも、あなたが、あなたの思っているとおりではないことを、たとえばあなたのお友だちがみんな電気ちょうちょにするから、それにあわせて電気ちょうちょをえらぶようなことは、しないでほしいの。わかる?」

「うん……。」

「それであなたは、電気ちょうちょと自動カナブンのどっちを作りたいの?」

「……電気ちょうちょ?」

「それはほんとうにあなたが作りたいと思っているのね?お友だちにあわせたのではなくて。」

「……自動カナブン。」

「はっきりして。おかあさんが自動カナブンが格好良いね、って言ったから自動カナブンって言うの?それはあなたの意志ではないでしょう。あなたの意志はどこにあるの?あなたは、他ならぬあなたはどうしたいの?」

「もう、わかんないよ」

「わからない、じゃあ駄目なの。あなたはどうしたいのか聞いているの。あなたの意志に基づいて決めてほしいの。難しいことじゃないでしょう、ねえ、はっきりしなさい。」

わたしはいつもとちがうおかあさんに気圧されて、とうとう泣き出してしまった。おかあさんは泣いているわたしを、こわい顔で見つめていた。わたしはどうしてこうなってしまったのかわからなかった。電気ちょうちょも自動カナブンも、もはやどうでもよかった。いつものやさしいおかあさんにもどってほしかった。意志だとか言われてもわからなかった。

わたしがずっと泣いているのに、おかあさんはわたしになにも言ってくれなかった。泣きじゃくるわたしを、ずっとこわい顔をして見ているだけだった。わたしが、ちゃんと、電気ちょうちょか自動カナブンか決めるまで、おかあさんはゆるしてくれそうにはなかった。

わたしはヒックヒックとしゃくりあげながら言った。

「自動カナブンにする。」

「それは、おかあさんがそう言ったからそうするとか、そんな理由じゃないのね?」

「うん。」

「あなたの意志に基づいてそう決めたのね?」

「うん。」(意志って何なの、なんて聞けなかった。)

「お友だちと違うけど、それはあなたがそうしたいからそうしたのね?」

「……うん。」

「それなら良し。……いい?あなたには、自分の意志で自分のことを決めるような子になってほしいの。(おかあさんはここでやっと泣いているわたしを抱きしめてくれた。)まわりの人の意見にあわせて、それに流されるようにして、なんとなくものごとを決めるような子には育ってほしくはないの。自由で主体的な、独立した個人として、じぶんの将来を切り開いてゆくような子になってほしいの。おかあさん、そのためにあなたに厳しくしたのよ、わかってくれるわね?……よし。それであなたは、あしたあなたのお友だちに、ちゃんと説明しなければいけないのよ。『わたしは電気ちょうちょじゃなくて、自動カナブンを作ることにしたの。わたしがそうしたいから、みんなといっしょじゃなくて、わたしの意志でこうするの。』って、ちゃんとそう言うのよ。お友だちもきっと、わかってくれるわ。もしわかってくれなくても、なによりも大切なのは、あなたが、あなたの意志で、ものごとを決めていく、ってことなのだから……。」

おかあさんはそのまま、わたしをしばらく抱きしめてくれていた。わたしは結局、意志ってことばの意味もわからなかったし、自動カナブンにすることを明日友だちに説明するのも厭だったけど、でも、おかあさんが喜んでくれているならそれで良かったんだと思った。わたしが自動カナブンにして、おかあさんが喜んでくれるなら、それが正解だと思った。

わたしはおかあさんに抱かれながら、いつのまにか眠ってしまっていた。