かえる作文帖

小説(掌編・短編)や随筆などを書いています。読んでくれると嬉しいです。

雑記

スロットで五千円負けた。何もかもお了いだ。うなだれて家に帰った。

日常的にスロットを打つ人間には判るだろうが、スロットを打つ際に五千円は端金に過ぎない。五千円程度の負けで済んだならば寧ろスキップして帰路についても良いくらいだ。だが私はこの世の終わりの如き心地で家に帰った。何故か。

要するに、私の財布にはもとから六千円しか入っていなかった。そこから五千円を、虎の子の、かつ雀の涙の五千円でスロットを打ち、綺麗に負け、素寒貧の心地で帰ったのである。最期の千円を使わなかったのは、それが今どき珍しい、夏目漱石の千円札であったからだ。これは何んとなく残しておこうと思った。

こういうわけで財布のなかには、千円とすこししか残っていない。千円きりしか持っていないから、もう何にもできない。何処にも行けない。部屋に篭りスマホを眺め、何でもできる筈だった学生時代の一日々々を、むなしさのうちにやり過ごすだけの毎日が到来する。

 

と、此処まで書いた私には、「まともな」諸氏の反応が手に取るようにうかがえる。曰く、金が無いならそもそもスロットなど打つべきではない。曰く、スッちまったんなら仕方がないがそうウダウダと言っているばかりでなしにバイトでもして稼ぎたまえ、云々。

いずれも全く正しい意見である。この上なく正しい。しかしそれらの意見には視座が欠けている。想像力が欠けている。彼自身まるで破滅のさなか、いつだってどん底でいる(ような心地でいる)人間の為す投企、そのあさっての方向に向けられたそれの、しかしそうする他なかった人間の視座。どうあがこうがここから劇的に良い結末を迎えることのない人間、せいぜい地面を這いずるように生きてゆくのが関の山であるような人間、生涯に渡って(愉快そうに生きている人間を傍目に)塵と屈辱にまみれた生涯を送っていくに決まっているうえ、そんな下らない今後の生涯に耐えうるだけのうつくしい思い出を蓄積することのなかった人間、現状を変えうるだけの才覚も、気力も無く、或いはとうの昔に挫かれた人間、労働することすらままならない人間。要するに、前を向いても後ろを向いてもどこまでも暗闇でしかない人間。つまりこれが彼らだ。(彼らとは私だ。)諸君は、そんな彼らへの愛を欠片も持ってはいない。諸君の言葉の内側には彼らへの同情なぞ微塵も有りはしない。諸君は、そんな彼らがスロットマシーンの横のサンドに札をぶちこむその時の、卑屈さ、無表情、苛立ち、焦り、しかしそれらの奥底に通底している諦観を、絶望を、決して知りもせずかつ理解しようともしない。「自己責任」の名のもとに彼らを断罪する諸君の正しさ。しかし正しいことなぞ誰にでも言える。肝腎なのは個人の地獄、我儘のようにすら見えるそれ、全く論理的構造を欠いているがそうするほかない行動を為す人間の、言うなれば文学的感情、とでもいったものを理解する能力である。金もないのにスロットを打って素寒貧になっちまった私は、言うまでもなくクズである。しかし、そんなクズどもの「文学的感情」を決して理解することのない諸氏、「正しさ」の名のもとに文学的感情を切り捨て、糞の役にも立たない「正しさ」を言い放ったきり醜い笑みで誇らしげの、諸氏、もとい貴様ら、貴様らこそゴミだ。クズだ。凡庸な量産機、健康うすのろだ。くたばっちまえ。

 

だがまあ私が、誰もが認めるクズであることは覆せない。そして諸君が「正しい」人間、この社会でそれなりに上手くやってゆく人間であり、いっぽうの私がどうしようもないゴミみたいな生涯を送るゴミムシであること、これもまあ、明らかである。私は誰からも愛されない。(そうなってしまった過程はどうであれ、)私には努力する能力をはじめとしたあらゆる才覚が備わっておらず、かつ見た目も頗る悪い。私の言葉は誰にも届きやしない。よしんば誰かがこれを目にしても、流し見るばかりで直ぐに閉じるか、いずれにせよ決して誰も真面目に取りあわない。

(諸君は私を嘲笑う。或いは諸君のなかで多少は「優しい」貴方は言うだろう、「それでも生きろ」。)

しかしわざわざこの世を、うきふししげきうきよを、苦痛でしかないこの世の中を、それでもわざわざ生き延びる理由なぞ無い筈だ。死んじまったほうが楽な筈だ。(匿名の掲示板でこんな発言を見かけたことがある。曰く、おれは十年前に自殺に失敗したが、あのときにきっちり死んでおけば良かったと今でも思っている、と。)死んだら無がある。生まれる前のそれが無であるならば、生まれてきたくなかった私にとってのそれは、いとおしく、なんと甘美なものだろう!

私は死ぬ、自ら死を選ぶ。それは今ではなく、1ヶ月後でも無いだろうが、私はいずれ自ら死を選ぶ。(そもそも私の高校時代の夢は、東大の哲学科にでも入ってそれから自殺することだった。今のように、多少要領の良い人間ならば誰でも入れる大学に入り、そこで誰よりも落ちぶれることになるとは想像だにしなかった。なにも学ばず愛されず、ジュブナイルのメンタリティを腐らせたような精神性もて二十二歳を迎えるつもりなぞ微塵もなかった。)

(あるいは私は不治の病に憧れる。私のような八方塞がりの屑でも、不治の病に倒れて死ねば、それは自動的に「未来ある若者の不幸な死」に書き換えられる。いずれにせよ私は早々に、なるべく若いうちに死にたい。それがまだ悲劇の範疇にあるうちに、病か自殺でもって死にたい。死んでしまえば何もかも一緒であろうが、しかし最期くらい、何もかもうまくいかなかった醜い私の、せめて最期くらいは、自分がうつくしいと思えるような死に方をしたい。決定的に孤独な自殺よりも、私は若さとの心中を選びたい。)

 

さて、こうもお了いの側にいる私が、それでも死なずにいるのは何故か。基本的に生存は漠然とした死への恐怖に支えられているもので、生きる理由なぞ無いものだが、いまの私にはひとつ生きる理由がある。

九月の中旬に友人と旅行をする予定がある。彼らを「友人」と呼んでも差し支えないだろう。おそらく私の生涯で、これが最期の、心から愉しかった思い出になる筈である。こんなウィルスまみれのご時世だから果たしてどうなるか判らないが、少なくともその旅行を縁として私は未だ、死なずに生きている。とても楽しみだ。

旅行が終わったらどうするか?そんなこと私の知ったことではない。来年の就活に失敗して、それきり首でも括るのではなかろうか。